道具の上手

村上 哲

「宣長という人は、言葉という道具を、誰よりも上手に扱えた人だ」

藪から棒にこんな事を言うと、少なからず当惑させてしまうだろう。

だが、宣長という人は、言葉とは何かという問いを、言葉のみを見定めるだけでは足りぬ、というところまで押し進めた人だ。言葉を知るという事は、そのまま、言葉を扱う私達の心を知る事であるというところまで考え抜いた人だ。

 

―言語の問題を扱うのに、宣長は、私達に使われる言語という「物」に、外から触れる道を行かず、言語を使いこなす私達の心の働きを、内から摑もうとする。(中略)言葉という道具を使うのは、確かに私達自身ではあるが、私達に与えられた道具には、私達にはどうにもならぬ、私達の力量を超えた道具の「さだまり」というものがあるだろう。言葉という道具は、あんまり身近かにあるから、これを「おのがはらの内の物」とし、自在に使いこなしている時には、私達は、道具と合体して、その「さだまり」を意識しないが、実は、この「さだまり」に捕えられ、その内にいるからこそ、私達は、言葉に関し自在なのである。(新潮社刊『小林秀雄全作品』第27集、p.272)

 

この自覚の深さこそ、私が宣長を、「言葉という道具の上手」と呼びたい所以である。

だが、その事を味わってもらうためには、まだまだ咀嚼が必要だろう。

 

そもそも、私達が「言葉という道具」に関して「自在である」とは、いったいどういう事なのか。

「道具を自在に扱う」或いは「道具を自分の体の一部とする」とは、道具の上手を称し、或いはある種の教えとして、度々口にされる類の言葉だ。これがどういう状況かと言われて、先ず思いつくのは、道具を思い通りに扱うという事だろう。

だが、道具の類を少しでも真剣に扱った事のある人ならば、むしろ習熟を深めるほどに、「道具」は思い通りに動いたりしないと、身に染みて味わう事になるだろう。まして、「自分の体」が思い通りに動かないなんて事は、それこそ誰もが知っている事だ。

では逆に、そんな、思い通りに動かない「自分の体」が、なぜ「自分」の「体」なのか。

別に難しい話をしたいわけではない。誰もが身をもって知っているように、「自分の体」が「自分」の「体」であるのは、この「体」の「痛み」を、まさに「自分」の「痛み」として感じられるからだろう。

たとえその「痛み」を誘発した痛覚により、脊髄反射を起こした肉体が思いもしない動きをしたとしても、この「痛み」を「自分」のものとして感じ取れるからこそ、この「体」は、「自分の体」なのだ。

「道具」が「自分の体の一部」であるとは、まさにこの意味合での「自分の体」の事だ。

これ自体は、実のところ、それほど特別な事ですらない。私達は、手に馴染んだ道具を不注意によりぶつけた時、思わず、「痛い」と呟いてしまう事があるだろう。

「道具が自分の体の一部である」とは、まさにこの事なのだ。

 

それなら、「道具」を「自分の体の一部」とした「道具の上手」と呼ばれる人と、そうでない人との間で、いったい何が違うのか。

それこそが、この「自分の体」に対する自覚の深さ、とでも言うべきものだろう。

例えば、赤ん坊には、肉体が「自分の体」である自覚など殆どなく、それは単に、神経の繋がったナニカでしかない。だから、ある程度動き回れる時期になると、赤ん坊は、平気で無茶な事をやり始める。

これは丁度、道具に熟れていない人が、道具を丁寧に扱わない、というより、道具を丁寧に扱えない、という話に近いだろう。道具の扱いが下手な人は、道具からの「感覚」の受け取り方が分からず、それゆえ、自分が思うようにしか扱えない。

だが、「道具の上手」は、「道具」がちゃんとその「感覚」を伝えてくれている事を、すなわち、「道具」も「自分の体」である事を知っているし、だからこそ、「道具」からの「感覚」を取りこぼすまいと、試行錯誤する。

だから、確りと、「道具」にとっても丁寧な扱い方ができるようになるし、だからこそ、時に無茶な扱い方をすら、「道具」にさせてもらえるようになる。

 

では、「道具の上手」と呼ばれる人々のようになるには、どうすればいいのか。

「道具」を「自分の体の一部」とするための第一歩は、まず、「道具」が「自分の体の一部」であると知る事だ。それは、「道具」がどのように動くのか、すなわち、「道具」の「さだまり」を知る事であり、同時に、「道具」と共にいる「自分」を知る事でもある。

例えば、赤ん坊は、肉体が受ける雑多な刺激に対し、出来うる限りの動きを返す。それゆえ無茶な事もやってしまうのだが、そうした試行錯誤の中で、赤ん坊は、瞬く間にも、肉体という「道具」の「さだまり」、すなわち、「自分の体」を獲得していく。

その中で、次第に、ただの反射的運動でも、一度きりの偶発的運動でもない、様々な痛覚に応ずる多様な運動の可能性を内包した、意識的な「知覚」、すなわち、「自分の体」の「痛み」のような認識を獲得していく。

そして同時に、本来無限ともいえる運動の多様性から、「痛み」に応ずる、限られた、しかし単一ではない運動の可能性を獲得し、この、多様性を保つ有限性の中において、記憶から誘発される行動選択という意思、すなわち、「自分」というものが芽生えてくる。

先述のように、赤ん坊、特に人間の赤ん坊は、肉体という「道具」の「上手」とは、到底言い難い。しかし、或いはそれゆえに、肉体という「道具」の上達にかけて、赤ん坊は誰より上手い、とすら、言って良いだろう。

それは、様々な動きの実践、すなわち、感覚と運動の組織化の中で、単に神経が繋がっているナニカから、ただの物質としてではない、特別な「もの」として、「自分の体」としての肉体を獲得していくから、というのが理由の一つ。

そして、赤ん坊が肉体の扱いに上達するもう一つの秘訣。それは、先の理由の裏返しでもあるが、始めに「自分の体」を持たない赤ん坊は、ただ、肉体との直な付き合いの中で、まさに、「自分の体」を獲得していくからだ。

 

前者のような「自分の体」の獲得は、実際に「道具」を扱う以上、実のところ、誰もが無意識にやっている事だ。だが後者のやり方は、複雑に組織化された感覚と運動の連関をすでに備え持つ私達にとっては、なかなかに難しい。

「自分」をある程度獲得してしまった私達は、「道具」と向き合う時も、すでに組織化された感覚運動連関の中に、すなわち、すでにある「自分」に、「道具」を従わせようとしてしまいがちだ。

だが、赤ん坊が肉体と向き合う時のように、私達が「道具」との直な交わりを持とうと思うなら、この「自分」を出来るだけ抑え、極端な言い方をすれば、「道具」にこそ扱われる、とすら言いたくなるほどの姿勢が、私たちには必要になる。

ここで重要になるのが「自分の体」に対する自覚の深さだ。無意識に「自分の体」を扱っている限り、すでにある「自分」を抑える事は、早々できるものではないだろう。

 

そうして、ここまでくると、この、「道具」に扱われる「自分」を、改めてながめてみると、「道具を自分の体の一部とする」という言葉について、もう一段、深みを感じるところが現れてくる。

すなわち、「道具」が「自分の体の一部」であるなら、「自分の体」もまた、「道具の一部」なのではないか。

 

私達は、「自分の体」が思い通りに動いたりしない事を知っている。

ならば、「思い通り」には動かないが、しかし、「思いに応じ」て動く「道具」として、「自分の体」へ、「道具」の側から手を伸ばして見ると、どうだろうか。

揺れ動く事をこそ旨とする心は、あまりにも捉え難い。しかし、「思いに応じ」て動く「道具」は、確かに「手ごたえ」を感じる事ができる。そして、私達にとり、最も身近な「道具」は、「自分の体」だろう。

ならば、この「自分の体」こそ、心をうつす、最良の「道具」なのではないだろうか。

もちろん、ここで言う「自分の体」とは、私達の身体を軸としたものではあるが、単に物質的な肉体のみを言うのではない。

使いなれた道具や、自分を育んできた言葉、或いはそれこそ、今ここに流れ込むあらゆる連なりまでも含めた、言うなれば「想像上の身体」、総体としての「もの」、すなわち、生活の、生きていく上での、「道具」としての「自分の体」だ。

これを自明のものとせず、しかし、確かに「思いに応じ」てきたものとして、「道具」の姿を見定める。或いは、それを最も自明なるものとして、「道具」の「手ごたえ」を感じなおす。

そうしてみれば、「道具」はきっと、私達には思いもよらぬような姿を、私達に見せてくれるのではないだろうか。

 

さて、「道具」というものに注目して、いささか回り道めいた話を進めてきたが、ここまでくれば、冒頭に置いた言葉について、少しは伝わるところがあったのではないだろうか。

本居宣長は、歌人として、歌学者として、そして何より「源氏物語」の愛読者として、「言葉との付き合い方」を学んだ人だ。そして、「言葉に学ぶ」という点で、とうとう、余人の及びも付かぬところまで行った人だ。

この点において、宣長は、まさに「言葉という道具の上手」だったのではないだろうか。

そうでなければ、古の「言葉」までもを自分の目とし、耳とできたのでなければ、宣長という人に、あのうたが詠めたはずもないだろう。

 

―古事の ふみをらよめば いにしへの てぶりことゝひ 聞見るごとし

(了)