編集後記

坂口 慶樹

新型コロナウイルス感染症への対応として、地域によっては二度目の緊急事態宣言が出されたなか、まずは、読者の皆さんに心よりお見舞い申し上げるとともに、引き続きのご健勝を切にお祈り申し上げます。

 

 

新年初刊行となる今号も、荻野徹さんの「巻頭劇場」から幕が上がる。いつもの男女4人による放談は、巷間の誤解多き言葉、「やまと心」「やまと魂」についてである。巧みに見える言葉が、標語や流行語といった「空言」として急速に拡散してしまう状況に注意を促す江戸紫の似合う女、彼女が終幕に切った啖呵たんかは、SNS時代への警鐘でもあろう。

 

 

「『本居宣長』自問自答」には、入田丈司さん、冨部久さん、泉誠一さん、荻野徹さんが寄稿された。

入田さんの「自問自答」は、「詞花をもてあそぶ感性の門から入り、知性の限りを尽して、又同じ門から出て来る宣長の姿」を巡る考察である。小林先生の本文から離れることなきよう、一歩一歩進んで行くと、「詞花言葉の方から現実を照らし出す道」に出た。さらなる歩みを進めてみて、入田さんの眼前に開けた景色とは?

冨部久さんは、「物のあはれをしる」ずば抜けた才能さえあれば、『源氏物語』という類まれなる小説を書けるのか、そのための十分条件というものがあるのか、という問いを立てている。そこで、手掛かりになりそうな本文を丹念に引き、思索を深めてみた。何が見えて来たのか? 冨部さんの歩みは続く……

泉誠一さんは、「本居宣長」の熟読を始めてみて、受験生として小林先生の文章と格闘していた頃に抱いていた、先生についてのイメージが一変したと言う。さらには、「一人の宣長さんが現れて来るまで一生懸命に宣長さんの文章を読」むと語る先生の肉声を聴き、そんな先生のねがいを念頭に、「思想劇」の現場に自らも身を置き読み進める決意を新たにした。

荻野徹さんは、「言葉」についての宣長さんと小林先生による言葉を追っていく。「言詞をなほざりに思ひすつるは……いにしヘの意にあらず」、「言葉が、各人に固有な、表現的な動作や表情のうちに深く入り込み、そのシルシとして生きている」、「人に聞する所、もつとも歌の本義にして」……。その道程を通じて、ある結論に至る。遠い日が、今に蘇る……

 

 

「人生素読」の部屋では、小島奈菜子さんが、新型コロナ禍の一年を、その日常を振り返っている。「雑草で埋め尽くされた庭」に少しずつ手を入れ、そこで展開される動植物による競争と共存の様を、丁寧に根気強く見つめ続けてきた。そこで気付いたことは、「長年育まれてきた土のように、人間の言語にも、先人達が養ってきた土壌がある」ということ。言語への報恩を語る、宣長さんの声が聞こえて来た。

 

 

今号より、杉本圭司さんの新連載「小林秀雄の『ベエトオヴェン』」が始まる。ベートーヴェンは、1770年12月、いまから250年前、ドイツのボンに生まれた。杉本さんは、「苦難と忍従の年」となった2020年が、彼の誕生を祝う節目の年でもあったことを、「決して偶然とは思えない」と言っている。はたしてどういうことなのか、その序曲とも言える内容に触れただけで、早くも次号が待ち遠しい。

 

 

厳寒のこの季節、通常であれば、風邪が流行る時季である。小林秀雄先生は、あまり好まなかったと言われている色紙を所望されると、「頭寒足熱 秀雄」と書くことが多かった。この言葉について、その意図を直かに聞いたことがあるという、池田雅延塾頭の文章を引きたい。

「『頭寒足熱』とは頭部を冷やかにし、足部を暖かにすることで、安眠できて健康にもよいといわれると『広辞苑』にあるが、こういう、世間一般に通用している『あたりまえのこと』を重く視る小林先生の生活信条、生活態度は、ちょっとした風邪をひいたときにも顕著に現れた。喜代美夫人に聞いたことだが、先生は風邪かと思ったときはすぐさま寝室にひきこもり、部屋をあたため蒲団をかぶり、二日でも三日でも蒲団のなかで過ごした。『僕の身体が治ろうとしているんだ、僕が協力すれば治るんだ』と言い、西洋医学の薬はいっさい服まなかった」(『随筆 小林秀雄』より「七 あたりまえのこと」、新潮社webマガジン『考える人』)。

 

一向に終息の気配のない今次の災厄下、仮に小林先生がご存命であったとしたら、一体どのように対処されていたであろうか……

風邪をひいたときにも現れた、先生の生活信条、生活態度には、今まさに「いかに生きるべきか」と問われている私達にとっても、大いに学ぶべきものがあるように思う。

 

(了)